「神隠し」第2章

 「なあ、聞いたか? 古典の先生、今日無断欠席してるんだってさ。」
 その声に振り返ると、周りは既に席を立っている者もいることに気付いた。いつのまにか講義が終わっていたのだ。
 「ひょっとしたらさ、今はやりの『神隠し』じゃないのかって思うんだ。」
 腐れ縁の椎名の声に、俺は無言で席を立つ。
 「おい、どうしたんだ。」
 「二度とその話はするな。」
 「なんで怒るんだよ。教えてくれよ。おれたち中学のときからの親友じゃないか。」
 「だったら傷ついているときくらいは、1人にしてくれ。」
 「傷ついているって?」
 しまった。
 「まあ、聞かないでおいてやるよ。だいたい見当がつくしな。言いたくなったらいつでも俺に言えよな。」
 この一言がなんだか嬉しかった。
 放課後、彼に母のことを話した。自分だけで考え込んでいたらそのうちに気が狂ってしまいそうだったから。
 「そっか、それで悩んでいたんだな。そういうときはな、そのうち帰ってくるって信じて気晴らしにぱぁっと遊ぶのが一番だぜ。」

 空が暗くなってから家に帰ると、父にきつく叱られてしまった。
 「おまえまでいなくなったらどうしようかと心配したんだ。」
 「おおげさだよ、父さん。」
 「考え過ぎなら幸せだろう。」
せわしない手つきでタバコを1本取り出して、火をつけるが早いか深々と吸い込む。吸い込みすぎたのか軽くせき込み、息を整えてから聞いてきた。
「今日は新聞を読んだか?」
 「? 読んでいないけど。」
 「昨日、行方不明者が日本で1万人を突破したそうだ。届け出がある分だけでのことだから、実際はもっと多いだろう。」
 「そんなに……」
 「テレビのニュースでは、今日の正午で2万人になったと言っていた。どうやら、加速度的に増えているようだな。」
 父はまだ半分も吸っていないタバコを灰皿に押し付け、もう1本取り出した。
 「私もいついなくなってしまうのか分からない。明日は会社を休んでクレジットカードを作ってもらうことにするから、おまえも講習を休みなさい。」
 「どうして休まなきゃいけないのさ。」
 「おまえに渡すまでは安心できないんだ。それとな、明日からは母さんが帰ってくるまで、家事を当番制にしようと思う。」
 『母さんが帰ってくるまで』という言葉がいやに白々しく聞こえた。父も俺も、もはやそんなことは信じてなんかいなかった。
 次の日、俺は無事に3枚のカードをもらうことが出来た。
 「使うのは、私がいなくなってからにしなさい。高校生が持つには大金だからね。」
 父は、『自分がいなくなる』、と盛んに口にするようになった。あらかじめ用心して欲しいと思って言っているのだろうけど、その台詞は俺を不安にさせるだけだった。
 その日は2人で料理の本と材料を買いこんで、悪戦苦闘しながらもなんとか食べられるものを作り上げた。
 「やってみると楽しいもんだね。」
 久しぶりに笑ったような気がした。

 次の日、椎名は学校にきていなかった。どうやら、昨日から休んでいるらしい。
 親友なんて言葉は嫌いだが、とりあえず一番親しい友人であったことは確かだ。母のことを話したのは彼だけだし、今日は課題をしに家に行く約束もしていたのだ。
 1日休んだせいでさっぱり分からなかった講習が終わると、俺は彼の家に行くことにした。
 学校から歩いて行ける距離にあるマンションに母親と2人で住んでいる。父親は彼が中学生の時に交通事故で亡くしたらしい。
 考えてみれば一昨日はあいつにも悪いことをした。彼の父親はもう帰ってこないのだ。行方不明であればまだ帰ってくる見込みもあるのだから、昔のあいつの方がもっと苦しい思いをしたはずなのに。
 あいつは、『もう昔のことだよ』と言って笑っていた。思い返せば、あのときの笑いは寂しそうにも見えた。
 考えながら歩いていたら、いつの間にか通り過ぎそうになっていた。中に入り、エレベーターで最上階まで上る。
 彼の部屋の前まで行くと、中からヒステリックな叫び声が聞こえる。何を言っているのかは分からないが、椎名の母親の声だ。
 声が聞こえなくなった頃を見計らって、ドアベルを鳴らす。
 「どなたですか。」
 インターホンから聞こえてくる声には刺があった。
 名前を名乗り、用件を告げる。するといきなり、
 「今いないから帰ってください。」
と怒鳴られてしまった。
 「じゃあ、帰ってきたら電話するように伝えてください。」
とだけ言い残して、その場を立ち去る。
 どうしていきなり怒ったのだろうか。
 まさかあいつも、消えてしまったのだろうか。
 そのうち、自分もいなくなってしまうのだろうか。


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