不意にだれかに会いたくなった。誰でもいい。何か話をしたかった。
俺は家を出て、自転車を漕ぎ始めた。額に当たる夜風が気持ちいい。嫌なことを忘れてしまえそうだ。
商店街にはシャッターが開きっぱなしの店も多く、まるで店そのものが生き物であるかのようにこうこうと明りがともっている。
店のドアを片っ端から開けていく。コンビニのドアを開けると、中から生ゴミを電子レンジで暖めたようなすさまじい腐臭がただよってきた。店内に残った弁当が、液状になってケースいっぱいに広がっている。何事もなかったかのように流れるエンドレスのテープが空しく店内に響く。
やはり誰もいなかった。
再び自転車を漕ぎ始める。
弱々しい街灯と自転車のライトを頼りに駅まで向かう。
たまに明りがついた家を見かけると、何も考えずにドアベルを鳴らしてみる。しつこく何度も鳴らし続け、返事がないのが分かると、また自転車を走らせる。
俺はただ一人、取り残されてしまったのだろうか。なぜ俺は消え去ってしまうことができなかったのだろうか。
「どうして誰もいないんだぁあ! どうして俺だけがここにいるんだあぁ……」
大声で泣き叫びながら、家までペダルをこぎ続ける。涙で目の前がかすんでよく見えないせいか何度か転び、そのたびにこれが悪夢ではないことを実感する。
家の前に人影がある。
そんなばかな。幻ではないのか。
「ああ、まだ残っている人がいたんだ……」
人影はつぶやく。
あわててブレーキをかけて、またもや自転車から転げ落ちた。
起き上がろうとしてついた右手に、温かいものが触れる。
「まだいたんだ!」
かすれて声はほとんど出なかった。
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