「神隠し」第4章

 父がいなくなった。久しぶりに早く帰ってきた次の日のことだった。
 「珍しいね、早く帰ってくるなんて。」
 「上司がいなくなってしまったから、つきあう必要がなくなったんだよ。」
 「……いたらまだ飲むつもりだったの?」
 「上には逆らえないんだ、おまえも働けば分かるよ。」
 「じゃあこれからは早く帰ってこれるの?」
 「人がいない分仕事が残っているから、しばらくは残業だよ。もう会社の同僚も半分以上いなくなってしまったんだ。空いたままの席を見るのは嫌なものだよ。」
 何日も苦しめられてきた孤独感から解放されるのかと期待したのだが、なかなかそうもうまくはいかないものらしい。
 「これからはなるべく早く帰ってきて、あまり心配はかけないようにするよ。神隠しも大変だが、飲み過ぎや過労で倒れても困るしな。今いなくなるわけにはいかないんだ。」
 父の口調は、どちらかというと自分に話しかけるような感じだった。
 元通りの父に戻ってくれそうだと喜んだのに。その矢先に、どうして……
 父の部屋に入るとそこには誰もいなかった。掛布団が少し盛り上がっていて、枕元には電気がついたままのスタンドと読みかけの本が置いてある。
 トイレにはいなかったし、もちろん他の部屋にもいなかった。背広はクローゼットに全てかかったままだったし、靴もなくなっていない。外出したとは考えられなかった。
 会社に行く時間を過ぎてもリビングにも来ないし、もう一度探したけれども見つからなかった。
 すっかり冷めてしまった朝食を食べ終わり、食器を洗おうと立ち上がったとき、電話のベルが鳴った。
 「はい、林原ですが。 」
 父の会社からの呼び出しだった。
 会議に出席するはずだった父が来ないので、電話をかけにきたのだと言う。父がいないことを告げると、せめて書類だけでも欲しいから持ってきて欲しいと頼まれたので、机の上にあった封筒を持って届けに行くことにした。
 久しぶりに外出すると、町並みはすっかり変わっていた。ほとんどの店がシャッターを下ろしていて、人気もなく不気味であった。
 バスも休便が増えてしまい、自転車で駅まで行く羽目になった。地下鉄でさえも晋段の半分くらいしか走っておらず、そのせいですっかり遅くなってしまった。
 書類を渡した後、帰りの地下鉄の中でぼんやりと考え事をしていて、つい乗り過ごしてしまった。

 父がいなくなってから何日経ったことだろう。1ヶ月分以上のレトルト食品を買い込んだ俺は、外出もせず家で勉強をしていた。外を歩けば、人がいなくなっているという現実を見つめることになってしまう。テレビをつけても何も映らない。ゲームもとっくに飽きてしまった。
 勉強をしていれば、世の中が正常だという幻想を抱くことができる。勤勉な少年のふりをすることができる。大学受験も、その知識を使う機会も、もはや有りはしないのに。
 日記は毎日書いていたが、このような生活で出来事などあるはずもなく、同じ言葉をただ書き連ねているだけであった。
 『〇月●日。俺は、今日もまだ存在している。』

無意味に時が過ぎていく。


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